vol.21 「災害医療×整形外科」のフロンティアを切り拓く二刀流!
1.医師としての原点と、現在の災害医療への関わり
私が医師を志した原点は、国境なき医師団やペシャワール会など、国際医療協力に携わる医師への憧れでした。しかし医師免許取得後には、まずは日本の医療制度の中で一人の医師として力をつける必要があると考え、その想いはいったん胸の奥にしまい込み、臨床に向き合ってきました。
一人前の整形外科医、脊椎外科医を目指し日々臨床に向き合い、医師11年目に秦野赤十字病院へ赴任しました。ここで、日本国内にもこれほど多くの災害医療の課題とニーズがあるという現実を強く実感し、整形外科医としての業務とともに災害医療に関わるミッションに従事するようになりました。
脊椎外科指導医取得後は災害医療に関わる機会が増え、日本DMAT隊員資格を取得し、災害医療に関する見識を深めてまいりました。令和6年1月の能登半島地震の際には医療救護班として災害医療の現場で活動してまいりました。現在は災害医療コーディネーターとして、平時からの備えとして行政や医師会と連携をとり、訓練、体制整備、役割分担の明確化などに取り組んでいます。
2025年、災害対策基本法・災害救助法が改正され、災害対応は「発災後に頑張る医療」から、平時から医療・福祉・行政が連携して備える医療へと、制度上も大きく舵を切りました。
災害時に問題になるのは、外傷だけではありません。動けないこと、慢性疼痛、骨折後のADL低下といった生活機能の破綻が、その後の人生を大きく左右します。これらの傷病を平時から診ている整形外科医は、運動機能を守る視点を災害医療に持ち込める潜在力があります。災害医療というと、一般的には救急科の医師がコミットしているイメージが先行しますが、私は整形外科医が災害医療に主体的に関わる必要があると確信しております。
2025年現在、医師20年目にして「災害医療に対する情熱」という強力なエンジンと、「脊椎外科診療」と「骨粗鬆症診療」の両輪で、険しい道のりを多くの仲間たちと日々邁進しております。今回はその一部について紹介させていただきます。
2.脊椎外科診療と災害医療
脊椎脊髄疾患により慢性化した腰下肢痛・痺れは、患者さんのQOLに大きな影響を与えます。保存治療抵抗性の患者さんに対しては、適切な時期に外科的治療介入を実践すれば、ADLが改善し、患者さんや患者さんの家族の人生が好転します。超高齢化社会を迎える昨今において、私は脊椎外科医として、除圧術や固定術といった一般的な脊椎手術に加え、脊髄刺激療法(SCS)にも取り組んでおります。SCSは硬膜外に電極を留置し、体内に刺激装置を植え込む低侵襲手術であり、筋肉や骨格への負担を極力抑えることができる術式です。SCSを臨床で実装していく中で、その治療効果は一般的な脊椎手術と同等、あるいは症例によってはそれ以上であると、強く実感しています。
2021年以降、SCSデバイスは飛躍的に進歩し、治療有効率は80%以上と報告されるまでになりました。もはやSCSは、限られた施設や術者だけが扱える治療ではなく、一定の手技と判断があれば、安定した治療効果が期待できる治療へと進化しています。それにもかかわらず、日本におけるSCSの臨床実績は、欧米と比較すると人口比で約5分の1程度にとどまっています。私はその背景に、三つの壁(構造的課題)があると考えています。
一つ目は適応の壁です。
SCSは主に麻酔科・ペインクリニック主導で発展してきた経緯があり、整形外科が日常的に診ている脊椎・脊髄疾患の治療戦略と十分に統合的に議論されてきたとは言い難い状況があります。SCSに長年携わっているペインクリニック医師からは、手術適応は厳密であるべきでSCSの濫用は避けなければならないとの意見もいただきました。脊椎外科医の中でもSCSの適応については議論が分かれており、基本的には脊椎疾患の治療のオプションとして位置付けられている風潮もあります。その結果、SCSが本来持つ「効果が乏しければ抜去できる可逆性をもった脊髄治療」という価値が十分に活かされていない場面があると感じています。
二つ目はネットワークの壁です。
SCSは、刺激装置を体内に挿入してからが始まりであり、術後3ヶ月目以降から治療効果が顕在化し、術後1年間をかけてその効果が増進していく事が期待できる治療手段です。また、長期的な治療成績として、10年目でもその治療効果が持続しているとの報告もあります。しかし、SCS実施患者が増えていくと、SCS実施医療機関の外来が逼迫していく事が想定されます。状態が安定している患者さんは、近医や訪問診療医によるSCSフォローをお願いしていく事が必要となってきますが、術後長期のフォローアップ体制、患者転居時の診療継続、さらには災害時のSCS診療継続を支える地域・全国規模の実効的な仕組みは、まだ十分とは言えません。手術によりSCSを導入したものの、十分な患者サポート体制が維持できないと、治療効果も不十分なものとなってしまいがちです。SCSの長期的な治療効果が得られる前に、患者さんにSCSを見限られてしまい、抜去に至るケースもあるようです。
三つ目は学術的エビデンスの壁です。
国内のSCS症例数が限られており、診療科ごとに異なる基準で手術適応を判断し、異なる基準で治療効果を評価しているため、世界規模で見ると本邦におけるRCTや多施設共同研究は少なく、エビデンスが不十分と言えます。エビデンスが不十分だから、SCSを導入・実践しない →症例が集まらない、という悪循環が続いています。世界規模では、難治性疼痛に対して理学療法や物理療法よりもエビデンスレベルの高い治療手段として認められておりますが、国内ではそのことはあまり知られていないようです。
災害医療の全国規模でのネットワークの力を体感している脊椎外科医として、これらのSCSの3つの壁(課題)を乗り越えるために私は、2025年に日本SCSネットワーク(Japan SCS Network; JSN)を立ち上げました。
[JSN設立の背景と目的]
現在、本邦における脊髄刺激療法(SCS)は、麻酔科、脳神経外科、整形外科といった診療科間での交流が限定的であり、全国規模のネットワークが存在しないという課題があります。世界的に見ても日本のSCS診療は発展途上とされており、「学閥・地域・職種の壁を超えた連携」を通じて、患者さんにより良い医療を提供することを目指してJSNは設立されました。
【JSNが掲げる3つのアクション】
JSNは、「つながる・まなぶ・ひろげる」をキーワードに、以下の活動を展開しています。
「つながる」
SCSの知識や経験を共有できる仲間づくり。SCS先駆者のノウハウを全国規模で共有できるプラットフォームを目指します。
「まなぶ」
医師のみならず、看護師、臨床工学技士、リハビリ職種など多職種が参加できる教育・研修を実施します。また、SCSに関する最新情報を、患者さんや患者さん家族にもわかりやすくお伝えすることで、全国規模でまなびの場を提供することで、SCS診療の土壌を開拓します。
「ひろげる」
学術研究の推進とその成果の発信・共有。全国規模のつながりから、世界のSCSのトレンドをキャッチアップしていきます。エビデンスに基づき、本邦のSCSの輪を広げてまいります。
【地域連携と国内ネットワークの構築】
持続可能なSCS連携体制として、ローカルとドメスティックに分けて活動を展開します。
JSN-L(ローカルネットワーク)
SCS基幹病院で植込みを行い、安定後はかかりつけ医がフォローする「心臓ペースメーカー診療モデル」を目指します。これまで不十分だった訪問看護や介護施設、在宅療養とのSCS連携を強化し、退院後も途切れないフォロー体制を目指しています。
JSN-D(ドメスティックネットワーク)
国内のSCS連携体制の基盤として、多施設・多職種間の交流やオンライン研修などを行っています。Facebook、Instagram、YouTubeなどでSCSの情報を発信します。医療従事者だけでなく、患者さんや患者さんの家族もその情報に触れる事ができる事で、SCSが社会に広く浸透していく土壌を形成します。専門職向けには世界のSCS最新情報を共有し、インタラクティブに日本のSCS診療の輪を広げていきます。まだ開設して間もないので、情報量はまだまだ少ないですが、今後様々なコンテンツを作成し、SCSをより身近な存在に感じていただけましたら幸いです。
【災害医療への取り組み(SCSデバイスバンク構想とは)】
JSNは災害時におけるSCS診療の継続も重視しています。激甚災害発生時時、被災地での医療救護活動は救命に重点がおかれ、慢性疼痛ケアは優先順位が低くなりがちです。災害発災亜急性期以降は、ライフラインが寸断された地域の避難所や居宅避難をしている被災者は、廃用や慢性疾患の増悪のリスクが高まります。さらに、もとより慢性疼痛を抱えている患者さんにおいては、被災を契機に疼痛が増強し、ADL低下・衰弱につながり被災地における二次的な健康被害に直結します。鎮痛薬が届いて奏功すれば、ADL改善の期待が持てますが、インフラや薬剤供給が不安定な状況下においては、命に直結する薬剤の供給に重きが置かれ、鎮痛薬は後回しにされてしまう事が想定されます。
SCSは薬剤なしでも疼痛コントロールを継続できる可能性があります。被災地において薬剤供給が滞っても、SCSが機能すればしかし、充電式刺激装置の場合、デバイス(コントローラーや充電器)を紛失してしまった場合、SCS診療継続の機会を失います。SCSにより疼痛軽減が持続できていた患者さんが、電源消失により疼痛が再燃し、ADLが落ち、被災地や避難先において体動能力が低下し衰弱することは、災害関連死にも繋がります。
JSNでは、不要になったデバイス(コントローラーや充電器)を基幹病院で備蓄し、災害時に被災地へ供給する「SCSデバイスバンク構想」を掲げています。
脊椎疾患の術後痛や慢性腰痛に悩む患者さんに対し、手術手技だけでなく、その後の長期的な管理や地域連携、さらには災害対策までを網羅するこのJSNは、これからの整形外科診療において非常に重要なプラットフォームになると言えます。
JSNの役割を例えるなら、それは「孤立したSCSの島々を繋ぎ、災害にも強い強固な橋を架けるプロジェクト」のようなものです。診療科や病院という「島」に留まらず、多職種が連携する橋を架けることで、患者さんがどこにいても、どんな状況下でも、SCSによる最適な疼痛管理という対岸に辿り着けるようサポートすることを目指しています。

3.骨粗鬆症診療と災害医療
骨粗鬆症診療についても、私は災害フェーズフリーという視点で取り組んでいます。
院内の二次性骨折予防の一環として、2022年より体系的な骨粗鬆症診療を実装してきました。
さらに最近では、全診療科の入院患者を対象に骨折リスクを評価し、リスクの高い患者さんに対して精密検査を促す取り組みも開始しています。
日々のミッションを遂行する上で、災害医療と骨粗鬆症診療の二つの分野には、私たちの診療の質を左右する本質的な共通点が存在します。
1. 「なにか起きてからでは遅い」: 予防とリスクの可視化
災害医療の根幹は、平時の備え(備蓄や訓練)にあります。これと同様に、骨粗鬆症診療の本質も、骨折が起きてから動くのではなく、一次予防・再骨折予防という「未然に防ぐ構え」にあります。
リスクの可視化: 災害は予測不能ですが、骨粗鬆症は「痛みのない進行」を経て骨折に至る「静かな疾患」です。2025年版の診療ガイドラインでは、FRAX (Fracture Risk Assessment Tool:骨折リスク評価ツール)が中核的な診断・治療指標へと昇格し、「FRAX 15%以上」が明確な治療閾値として設定されました。
戦略的介入: 大腿骨や椎体骨折などの高リスク患者に対しては、急性期から骨形成促進薬を積極的に活用するなどのリスク層別化に基づいた戦略が求められています。
2. 「活動は独りでは成り立たない」: 多職種・地域連携の力
災害現場において、医師だけで完結する活動はあり得ません。DMATや行政、消防などとの多機関連携が前提となります。骨粗鬆症診療も全く同じであり、整形外科医を核としたFLS(骨折リエゾンサービス)による横断的なチーム医療が不可欠です。
多職種による支え: 看護師、薬剤師、理学療法士、栄養士、地域包括支援センターなどが連携し、退院後のフォローアップまでを一貫して行う体制(骨折地域連携パス等)が、アウトカムの質を左右します。
地域完結型モデル: 自治体の防災計画が実効性の核となるように、骨粗鬆症診療においても地域ネットワークを活用し、地域に根差した支援モデルを構築することが重要です。

3. 「声なき声に応える医療」
災害医療では、高齢者や要介護者といった「要配慮者」への支援が中心課題となります。骨粗鬆症診療の対象も、医療的・社会的に弱い立場にある高齢女性や既骨折者が多く、見過ごされがちな存在に焦点を当てるという倫理性と公平性が、両者に共通する使命です。
さらに、最新の知見では骨と筋肉を統合して管理する視点が明記されており、サルコペニアスクリーニング(握力・歩行速度)の導入など、より広範な疾患特性への対応も進んでいます。
【防波堤の構築】
災害医療と骨粗鬆症診療の関係は、「防波堤の構築」に似ています。巨大な津波(骨折)が来てから堤防を築くことはできません。平時に地道に砂を積み、コンクリートを固め(多職種連携)、常に水位(リスク評価)を監視し続けること。その「見えない努力」こそが、いざという時に人々の命と生活を守る唯一の手段なのです。骨粗鬆症診療を単なる「薬の処方」と捉えるのではなく、「地域を守るための平時からの災害対策」として捉え直す事が重要と考えます。私たちが今日行うFRAXの評価や多職種への声掛け一つひとつが、将来の「壊滅的な事態(骨折)」を防ぐための重要なミッションなのです。
若手整形外科医・若手医師へのメッセージ
我ながら壮大なテーマで、やや無理やり災害医療と脊椎外科診療・骨粗鬆症診療の融合を実践している私の日常をお話しさせていただきました。
最後に、私が若手整形外科の先生方にお伝えしたいのは、「今の仕事が、未来の地域や日本にどうつながるのか」という視点を、ぜひ持ってほしいということです。収入や働き方だけを目標にするのではなく、医師としての責任とやりがいを享受できる立場を、どう使い尽くしていくのかを考えていただければと思います。
SCSや骨粗鬆症診療に興味のある若手整形外科医、あるいは診療科を問わず関心のある先生方と、全国規模でつながりながら、一人でも多くの患者さんが人生を取り戻すきっかけをつくっていけたらと考えています。
SCSの「3つの壁」を壊す!日本SCSネットワーク(JSN)の挑戦
慢性疼痛治療を、孤立した「島」にしないために
脊椎外科医として、松山先生が力を入れているのが「脊髄刺激療法(SCS)」です。低侵襲で可逆性のあるこの治療は、難治性疼痛に悩む患者さんの人生を好転させる大きな可能性を秘めています。
しかし、日本におけるSCSの普及は欧米に比べ遅れています。松山先生は、そこに「適応」「ネットワーク」「学術的エビデンス」という3つの壁があると考えました。
この壁を乗り越えるため、2025年、松山先生は「日本SCSネットワーク(Japan SCS Network; JSN)」を設立。「つながる・まなぶ・ひろげる」をキーワードに、学閥や職種の壁を超えたプラットフォームを構築されています。
災害医療の視点から生まれた「デバイスバンク構想」
特筆すべきは、JSNが掲げる「SCSデバイスバンク構想」です。
災害時、慢性疼痛のケアは後回しにされがちですが、被災による痛みで動けなくなることは、廃用や衰弱、ひいては「災害関連死」に直結します。 「SCSは薬剤なしでも疼痛コントロールができる強力なツール。しかし、コントローラーや充電器を紛失すればその機能は失われます」
JSNでは、不要になったデバイスを基幹病院で備蓄し、災害時に被災地へ供給する仕組みを目指しています。まさに災害医療の知見がある松山先生ならではの、持続可能な疼痛管理の形です。
「心臓ペースメーカーモデル」を目指して
「SCSは植え込んでからが始まり」と語る松山先生。基幹病院で植込みを行い、地域のクリニックや訪問診療でフォローする連携体制を構築し、患者さんがどこにいても、どんな状況下でも最適な管理を受けられる「強固な橋」を架けようとしています。
骨粗鬆症診療は「平時の災害対策」である
骨折という「巨大な津波」を防ぐために
松山先生は、骨粗鬆症診療についても「災害フェーズフリー」という視点で取り組んでいます。
「災害医療の根幹は平時の備え。骨粗鬆症も同じで、骨折が起きてから動くのではなく、未然に防ぐ『構え』こそが本質なのです」
先生はこの活動を「防波堤の構築」に例えます。
- リスクの可視化: FRAX等を活用し、「静かな疾患」である骨粗鬆症を可視化する。
- 多職種連携(FLS): 医師一人では何もできない災害現場と同様、リエゾンサービスでチーム医療を実践する。
- 要配慮者への視点: 災害時の弱者を守るように、見過ごされがちな高齢女性や既骨折者に焦点を当てる。
今日行うFRAXの評価ひとつが、将来の「壊滅的な事態(骨折)」を防ぐ。骨粗鬆症診療を単なる薬の処方ではなく、地域を守るための「災害対策」として捉え直す視点は、多忙な日常診療に新しい意味を与えてくれます。
若手整形外科医へのメッセージ:その仕事は、未来の日本に繋がっているか
最後に、10〜15年目の若手整形外科医の皆さんに、松山先生からの熱いエールです。
「我ながら壮大なテーマですが、今の仕事が未来の地域や日本にどうつながるのかという視点をぜひ持ってほしい。収入や働き方だけを目標にするのではなく、医師としての責任とやりがいをどう使い尽くしていくのかを考えてみてください」
2025年現在、医師20年目。脊椎外科と骨粗鬆症診療の両輪、そして災害医療への情熱をエンジンに爆走する松山先生。 「SCSや骨粗鬆症診療に興味のある若手と、全国規模でつながり、一人でも多くの患者さんの人生を取り戻したい」
その大きな背中を追って、私たちも「自分だけの二刀流」を考えてみませんか?
松山 大輔(まつやま だいすけ)先生
- 所属: 秦野赤十字病院 院長補佐/第二整形外科部長
- 専門: 脊椎脊髄外科、災害医療(日本DMAT隊員、災害医療コーディネーター)
- 主な活動:
- 日本SCSネットワーク(JSN)代表
- 令和6年能登半島地震 医療救護班活動
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